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2026-01-14 23:35:00

42) 柳生心眼流の免許体系34  無事

今週は稽古始めがあります。私たちの流れでは稽古始めに摩利支天様をお祭りして、三つ餅や三合肴をお供えして1年間の無事を祈願します。自分の家に道場がある場合は稽古納めのときに道場を掃除したあとに摩利支天様と祭壇を作り道場を閉めることになっていますが、現在のところ私たちも公民館を借りて稽古しておりますので稽古始めの時に祭壇を作ります。

稽古が無事でありますように、生活が無事でありますように、それぞれの仕事が無事うまくいきのすように、世の中が無事でありますように・・・「無事」ほど大切なものはありません。家族とともに生活ができ、仕事ができるこれほど尊いものはありません。柳生石舟斎・柳生宗矩が領地を守り願ったものもこのことのためにほかなりません。そのためにせいいっぱいできることをしてこの世を去っていったのでしょう。

江戸時代後期、博多に仙厓さんという有名な臨済宗の和尚さんがいました。仙厓さんはいろいろと洒脱な絵や書き物をたくさん残していて、お殿様からも民衆からも愛された方ですが、武道に関連する逸話もありいつか紹介できればとも思っています。その仙厓さんが「副行は人何とてもおのが身は槌手・袋と米たたきかな」という歌を残しています。「人の幸せはどういうことかといえば、何といっても自分自身で道具や材料 (槌と袋と米) をもって仕事 (米たたき、脱穀) ができることだ。家族のため自ら汗をかいて働く。まさにそういう人こそ福の神だ」ということを言いたいのだろうと思います。

星国雄先生が最晩年に「この人生で何が楽しかったかと言えば、家から弁当をもって職場に通ったことだ」とおっしゃっていました。戦争、水害、労災、そのほかにもいろいろな苦労がおありでしたが奥様や幼い子供たちと一緒に暮らした日々を思い出していたのでしょう。いつも陰から支えて苦楽をともにされた奥様への感謝であれば、私に言わないで奥様に言ってほしかったですが・・・そこは大正男。恥ずかしくて言えなかったのかもしれないです。

ひとそれぞれの生き方があり何のために働くかも人それぞれですが、まず1年の無事を祈り、気を引き締めて稽古始めです。