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44) 柳生心眼流の免許体系36 聞き続ける
この「聞く」というのは入門して初心者であるときには大切な作業であることはわかると思います。しかし、それだけでなくその後も大切です。いわば聞き続ける、問い続けることになります。稽古を続けながら、稽古の合間、出稽古の道中、あるいは先生のお宅でこういう話をたくさん先生から聞いているうちに分かってきます。花泉の佐藤輝男先生は星彦十郎先生が花泉に出稽古にいらっしゃるときに、いつも随行していろいろなことを教わったそうです。道すがら晩年の彦十郎先生が杖をつかって川を飛び越えたこと、杖の技を教わったことなどを話されていました。小具足皆伝になってもさらに聞き続けます。皆伝の弟子たちも彦十郎先生のところに来てはお話を聞いていました。皆伝、小具足ともなれば先師様、流祖様にも聞き続けます。いろいろな口伝、逸話などが残っています。二代の書いた兵法書には、「もし他から批判があった場合は先師方の流論をもってこの流儀を究めていきなさい (大意)」と書かれています。流祖、先師方がどのようにおっしゃっていたかをよく考えて分析し、自分の中にこの流儀がどういう流儀であるのかを確立していきなさいということです。よく教わっている人というのはよく聞いている人ということなのです。
さらに先生が亡くなった後でも聞き続けます。何回も「先生、これでよいのでしょうか」と問うのです。星国雄先生も晩年、よく夢の中で彦十郎先生や流祖と話をしていたようです。「親父が完全に伝えるまではこっちに来るなと言っていた」「竹永隼人が俺の体を使って伝えようとしている」。晩年は相当大変でいらしたのでしょうが、お父様や流祖に叱咤激励されての御活動でした。私もそうです。「先生、これでよろしいのでしょうか」「先生、そういうことだったんですね」など。そうして柳生心眼流というのはどういう流儀であるのかを自分の身と心に引き当てて究めていこうとするのです。ただ私の場合は「先生、こんなことあの時に分かるわけないですよ」とときどきグチも申し上げたりしていますが・・・
桃生の『師弟合祀碑』の碑文には流祖の事績や言葉が数多く残されています。石碑を建てた遠藤春良は、後世の門人たちがこの碑文を見て、絶えず自らを励まして問い続けることを止めないよう (自激励、不殞厥問) 願ったと書かれています。「念じて厥 (そ) の問を殞 (け) さず」の「殞 (いん)」は落とすという意味ですが、ここでは落ちて見えなくなる、消える、なくなるという意味です。問うことをやめてはいけないのです。「自分に渡されたのだから自分の勝手にすればいい」ではなく、流儀の心を自らのこころにとめて、常にそれを心底理解していこうとする働きです。これをずっと続けていきます。これがなければ正しく伝わっていきません。自分の都合でどんどん技も心も変わっていってしまいます。流祖の技と心を間違いなく伝えていくというのはそういう働きによって保たれていきます。
