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2026-03-08 23:53:00

50) 柳生心眼流の免許体系42 秘するはしらせむがため その2

武道を後輩の方々に伝えていくときも同じです。先生は「本当は基本二十一箇条でいいものを、切紙だ目録だと区別を作っているだけだ」とおっしゃっていました。そういわれても分からない方にとってはなんか腑に落ちないところでした。

しかし今は先生のお気持ちがわかります。混乱するので最初はしないようにはしていますが、いろいろ経験してくるとその人に合った方法があることがわかってきます。同じようにしても同じようには理解していただけないです。武器術、柔術、立合、坐取、興味を持つところも門人の方々お一人お一人が違うわけで、こちらが覚えてほしいと思うところもありますが、まずはその方が興味をもって楽しく稽古できるように工夫しています。たしかに基本二十一箇条や伝授の形はある程度決まったものがありますが、奥に行けばどこから入るかはその方と相対して、その方の受け取りをみて進めていくことになります。年齢的な要素もあります。若い方ならある程度力強い動きや柔術の受け身などもできますし、できだけしていただきたいと思っています。しかしある程度の年齢になった方では無理ということもあります。体の柔らかい方、固い方、また加齢により関節の固くなってきている方など、人それぞれ。同じようには教えられないのです。

私の場合も一般用皆伝が先で小具足が後でした。技だけで言えば切紙の時には表皆伝の技も教えていただいていましたし、相当上の技もそういうことは全く言わないで見せていただいたこともしばしばでした。こういうことは後からわかります。先生は私に合った方法を考えてくださったものと理解しています。

現代の社会では皆と同じでないと不安を覚える方がいますが、そうであれば別のカリキュラムをもつところで学んだ方がいいです。いかに短期間で質の高い効果的な教育をするか。それは教育の手法そのものですので教育学分野でしきりに検討されていることです。こういうことは時代が新しくなるほど効果的に教える方法が出てます。他流のシステムを見てすばらしいなと感じることもあります。現代武道のように、ルールを決めて試合を行う中で自分の極限まで高めていく、それもすばらしい方法だと思います。

うちの流派についていえば、かなり古い時代の習慣を残しているのでどうしてもオーダーメイドなところがあります。そもそも柳生石舟斎が門人に与えた目録も人により内容は異なっています。宗矩のもとにもいろいろな人が集まって指導をうけ、新陰流をついだ人もいれば、それぞれの流派を起こした人もいます。流祖の弟子もそれぞれ流名や箇条が異なっていました。そういう方法で伝わってきています。それはそれでよいところもあります。自分にも合っていたと思いますし、そういう方法で育てていただいたことに感謝しています。