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2026-03-17 23:39:00

51) 柳生心眼流の免許体系43 秘するはしらせむがため その3

 

この日曜日は子供の大学の卒業式でした。いろいろな式辞もいただいて親としても大学の方々に感謝するばかりでした。『蛍の光』の合唱は2番まで歌われて、いままで何となく歌っていたとこですが、「止まるも行くも限りとて、互いに思ふち() よろづ () の心の端を一言に、さきく (幸く) とばかり歌ふなり」とありました。留まる人も進む人も道は様々で互いに思うことも数限りないけれども、その思いを一つにしていうなら、みな幸せであってほしいと私は歌う」という意味でしょうか。ほんとうにそうだなあと思いました。

さて、私たちの流れで興味深いのは、伝授の形では上の技の一部がさりげなく下の技の一部に組み込まれています。そのときになっていきなりやれと言われてもできないので、あらかじめ気づかれないように、でも上の技の一部をまぎれこませているのです。こういうのは「前稽古」といって先師様たちの教育システム的な配慮です。

晩年の星国雄先生は、「今日はこれを稽古してみよう」「今日はこれを研究してみよう」と、毎回ご自身でテーマを決めて、同じ技をあちらからもこちらからも見方を変えて指導してくださいました。こういうのを砕くといいます。ここがうちの流れの命でもあります。師匠が良く砕いて教えていないと、決められた技しかできない弟子になってしまいます。最終的には一手で勝つということでありますが、これはいろいろの場合に対応できるということを言っているので、大部分の方はよく砕いていろいろな場合を教えてもらわないとわからないと思います。これはご自身の仕事でも同じだと思います。

柳生宗矩の書いたものを読んでも(『兵法截相心持乃事』改訂 史料 柳生新陰流 上巻)、どちらかというと相手に形通りに打ち込ませてというよりは、どのようにきても、それをどう考えてどう処したらいいのかを事細かに書いています。この文書は元和7 (1621) に家光の兵法指南役に就任して、元和922日の日付であるため、稽古の時に家光から聞かれたことをいちいち答えて回答したことを書き上げて上申したと推測されます。たとえばどのように相手が構えても、こちらは左足前の半身か、真向正面を向いてか、右足前の片身か、その3つでよいと言っています。うちなら八点と左右の十時足です。そのような構えから、相手はどのように打ち込んでくるのか、いろいろあるだろうが・・・こういう場合はこう (「うちいだすところをうつか、うちいださぬものには、しかけてうつところをかつか、それをしるものにはわがうちを見せてそれをうつところをうつか、これ三つなり」) ・・・という形です。ということは、実際の立ち合いではもっといろいろな場合を教えているはずです。まとめるとこうなると言っています。

戦場に出れば相手は何流かわかりないし、持っている刀の長さも違う。全くの素人でむちゃくちゃしてくるかもしれない。それでも勝たなければいけないので、形を稽古するというよりも、いろいろな打ち込み (つまり、相手がどのようにこちらへ近づくか) をある程度類型化して教えていきます。そのような対処ができるようになっても、それだけでは雲をつかむようになってしまうので、最後にまとめるとこのようなこと()になって、それはここが大切とキモ (肝要・〇〇の大事) の部分を口伝で伝えて強調する。「太刀かまへをならい、そればかりをよきと存、はやかつとばかりこころにおもひ、てきにしたがわず、わが心ばかりにてうつ事を当流には、ひが事とあひきわめ候事」とは、習ったことを自分の都合で相手に押し付けてこうなるべきだと勘違いすることは間違いだということです。打ってくるのは相手です。近づいてくるのは相手です。その相手の心 (打ちたい、勝ちたいという欲望・欲求・衝動) をまず心の下づくりをしてよくよく見て従うことが大切だと強調しています。形ではなく、戦場でおこる実際のことを想定しています。たまたま弱い相手だけに勝てるだけの方法に身を任すわけにいかないです。できるだけ確実に勝つ方法を教えています。このような教え方が昔ながらの方法です。

でも考えてみると、これは皆さんの仕事でも同じかもしれません。私の場合も私が知っていること、教わったことを自分の意見として患者さんに押し付けるのではなく、患者さんの望みをかなえられるようにと動かなければいい医療は成り立ちません。「塩のとりすぎです。〇g以下に下げてください」ではまずいです。まずどうしたら減らせるかのガイダンスを聞きたい方もいらっしゃいますし、自分ではこうしたけどうまくいかないとか、この場合はどうなのかとか、聞きたいことはさまざまです。それに対していろいろなパターンを用意してお答えします。そのためには心を澄まして聞く、見るということがないとうまくいきません。

柳生心眼流も同じようなところがあります。初めから「形」として教わった方もいらっしゃるかとは思いますが、私は武器術に入っては初めに砕きをよく教わりました。それをまとめるとおよそこうなるという形で進んでいきました。ですので七箇条といってもおよその数です。実際にはもっとあります。習った通りにお伝えするしかないものです。