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56) 柳生心眼流の免許体系48 思い邪 (よこしま) なし
このためか歴代の先師様もどちらかというと地味な方が多いように思います。流祖も堅い人だったといわれていますし (『師弟合祀碑』介于石 かたきこと石のごとし)、日常生活においても派手なことをせずに実直に、淡々と生きた先師様方が多いです。私もいろいろなことが、こと兵法に関して派手にならないよう気をつけています。
策がないわけではないのですが、相手をひっかけてやろうとか、そういうレベルの策ではありません。ましてや自分さえもうかれば人をだましてもいいというものでもありません。そうではなくて自分が生きる手だて、人を育てる手だてが必須です。宗矩のいうところの「思無邪 (思いよこしまなし)」ということかと思います。
これはもともとは論語の言葉で「詩経たくさんある詩の内容を一言でいうなら、邪心がないということだ」(『論語』為政。詩三百、一言を以ってこれを蔽う、曰く思い邪なし) と孔子が言ったと書かれています。もちろん詩を作るときと戦闘とではまったく状況も違うので、同じことというには無理があります。どういうことか少し伺ってみましょう。
息子の十兵衛の書いた『月之抄』では初めの「三学」のところで思無邪がでてきます。老父 (宗矩) が言ったこととして、「此の五つは構えをしてたもつを専とする也。待之心持也。亦云、めつけは二星、身の受用は五箇、三学、思無邪ノ心持専なり」と記されています。
さらに稽古が進んでいくと構えがなくても『兵法截相心持乃事』で宗矩は、「わが身のすぐなるがよし。かまへも見せず、たい (他意) もこれなく、そこ (底) の心を張り、うへをゆふ (用) にもちゐてよし。てきのはたらきにのらんためなり。ゆだんなく此の心をもつべきなり」と述べています。姿勢を正しく保ち、構えも見せず、こうしたいというそぶりも見せず、いつも心に油断なく備え、何がきても対応する心を持つべきだと言っています。これはうちでは目録から甲冑の位。
さらに至った人 (達者) の姿として『月之抄』では「西江水之事」として、「中々に里近くこそ成にけりあまり山の奥をたずねて」という歌を引いて、父である宗矩がどのように語っていたのかを書いています。この歌は石舟斎も引いていて、私たちの流れにはないですが、柳生心眼流の他の流れにもある歌です。
宗矩は「心をおさむる所、腰より下に心得可きなり」として基本を示しながら、さらに言葉を継いで詳細に説明していきます。「油断の心あればならざるもの也。其心持肝要也。夫を忘ざる事を心の下作と云也。三重五重も油断なく、勝たると思ふべからず。打たると思ふべからず。夫に随い油断なくする事肝要也」と言っています。さらに「宗厳公 (注 石舟斎) 之伝、これより外はなし」、「此心之受用を得ては、師匠なしと云うなり」「受用を得て、敵をうかがい懸け引き、表裏あたらしく取なしするより外は是なし。是無上至極の極意也」とまで言っています。初めからずっと油断なくですが、同じ油断なくとはいっても初心者に示すときと達者に示すときとは意味合いや深さが異なっています。
勝負のときだけでなく生活すべてにわたって身と心とはたらき(神) をまっすぐにして、野中に幕を張っていく心持ちが必要です。うちでは「自分から映していく」ともいわれます。そうできない自分がいて、できてもすぐに抜けてしまう自分がいるわけですが、先師様が教えたこととして大切に思う必要があります。
どちらかといえば実直を好むものの、人それぞれですから、派手に見える幕を張って生きていく方々が私たちの流れから出ても、活人剣の心がもとにあればそれでよいと思っています。ただ、足元がおろそかにならないよう十分注意が必要です。
