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2026-04-27 23:20:00

57) 柳生心眼流の免許体系49  新田柳心館勉強会 

 

昨日は宮城県新田に行ってまいりました。柳心館宗家の星徳一先生から勉強会にお誘いいただき、門人の方々とともに参加させていただきました。第一部は柳心館90年の歩みを星彦十郎先生が創設したの頃からの非常に詳しい年表を示していただき、いろいろなエピソードを聞かせていただきました。私が星国雄先生に入門したのが昭和63年ですからその前の事は国雄先生からお聞きするだけだったのですが、先生がおっしゃっていた出来事の日時場所が具体的に書かれていて、とてもありがたい資料をいただきました。

柳生心眼流兵法にとって大切な出来事は、昭和45419日に日本甲冑研究会より招請を受けて東京のホテル雅叙園で甲冑術を正式に公開演武したことです。このときは、山岡荘八、浅田次郎、池波正太郎などの大作家が集まっていたそうです。このときに星国雄先生が新田柳新館の星則男先生たちに明治以降一子相伝者にしか伝えられなかった甲冑術を初めて教えて公開したのです。徳一先生のお話では、星則男先生も偉い人の前でとても緊張したのだそうです。

つまり星則男先生、星保典先生など新田柳心館の方々が相伝者以外としては明治以降で初めて甲冑術を伝授されたことになります。このことがもとになって柳生心眼流が各方面から注目を浴びるようになりましたし、甲冑術はその後島津兼治先生や南方の佐藤永一先生、小野寺肇先生、佐藤清光先生、星憲明先生、そしてその後は仙台柳心会や拳心会、一関総本部にも伝えられて稽古することができるようになりました。このころの稽古風景は日本武道館で撮影された柳生心眼流兵法のビデオにも残っており (『日本の古武道 柳生心眼流鎧組打』)、伊豆沼のほとりで皆で稽古をしている風景が印象的です。現在でも市販されているのでよかったらご覧ください。ここで撮影されている基本二十一箇条がまぎれもない星家で伝承されてきた形です。

したがいまして以前も言いましたが、それ以前の星家から出た流れに体系的に甲冑術を教えたことはありません。もちろん「甲冑のときはこうやってするんだ」という程度の技を数本程度伝授することはあったと思いますが、まとまった形で伝えたことはないというのが事実です。もしあるというなら証拠をお示しいただければと思います。いろいろな機会に柳生心眼流兵法の甲冑術として演武されることはありますが、それが果たして星家由来のものかどうかは当然みればわかります。星家の伝とは到底思われない技が演武されていることもあり、これはどういう流れから入ったのか、あるいはどこかで工夫したのかは明らかにしていただいた方がいいと思います。

第一部の後半では真に強い人とはどういう人なのか、なぜ稽古、修行するのかということを星徳一先生が『葉隠』やオイゲン・ヘリゲルの『弓と禅』から自己の体験も交えて話してくださいました。弓術師範の阿波研造先生が言葉を尽くしてドイツ人のヘルゲルにどういう心の置き所で弓を持ち、放てばいいのかを指導するあたりは圧巻で、まさにマインドフルネス。禅では「自分」としてさも当たり前に思っている自己を二つに分かちます。宗矩のいう「本心」「妄心」ですが、その構造に気付き本心に体をゆだねるときに本来の所作が出てくるということを言葉は違うのですが同じ構造で言っているようです。

阿波研造先生は弓道の師範として大変高名な方で、埼玉県にもその流れの方々がいらっしゃいます。私は『弓と禅』はあまり読んだことがなかったのですが、そういう構造が柳生心眼流の中にもあるという徳一先生の指摘には大変感銘を受けました。ヘルゲル自身も師を信頼して言われたとおりに苦心しながら稽古をし、その心に近づいていったと思われます。柳心館の方々も熱心に聞き入っていらっしゃいました。星徳一先生からも先生や星則男先生の若いころのエピソードも交えていろいろなご教示もいただきました。先生は自分で気づくことの大切さを強調されていらっしゃいました

第二部では実技として基本二十一箇条や棒術や口伝の解説などが行われました。ほんとうに充実した一日でした。学生時代から新田公民館には来ていましたし、平成10年に総本部に移動してからは17年まで星国雄先生を一関から車でお連れして新田に通って稽古しておりました。久しぶりに新田公民館に入って本当に懐かしかったです。そこに星国雄先生が棒を持ってたっていらした、ここに荷物をおいて着替えた、そこに則男先生がいらした、高橋義孝先生の演武を拝見した、あそこで島津先生が四方陰の演武をした等々ほんとうにいろいろなことがあった場所です。

 仕事の忙しい中、柳正館から門人の方も3名参加いただきました。徳一先生が熱く語っていただいたことでこの流儀にとって心法がいかに大切かを実感していただけたのではないかと思います。流儀の心無くして技だけ真似すればいいとなれば、まさに「形骸化」(形だけの誹りを免れません。体だけでなく心も磨いていくことは武道をするときに欠かせません。彦十郎先生は「技から入って心を磨く」とおっしゃいました。

 柳心館の皆様にもいろいろとお世話になり楽しく過ごさせていただきました。また機会がありましたら参加させていただきたいと思います。