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62) 柳生心眼流の免許体系54 心は万境に随って転ず
最近埼玉は少し過ごしやすくなりましたが、じきに暑くなるのだと思います。「酷暑日」の定義もできて今年の夏の暑さも厳しくなりそうです。生物学の格言で「強い者が生き残るのではなく、適応するものが生き残る」というのがありますが、エアコン、水分などあらゆる手段を使って暑い夏に適応したいと思います。なお、適応といっても無理は禁物であることを医師として申し添えます。
宗矩は『兵法家伝書』でマヌラ尊者の伝法偈 の前2句「心は万境に随って転ず。転処実に能く幽かなり (心というものは外の対象 (専門用語で境といいます) から刺激が入ると、かぎりなく飛び回り、動き、変化していくものです。しかし、その心が動いているところをよくみても映像が動いていくようにそこには (転処) どこを見ても少しもとどまるものがありません)」をひいて、これを兵法の眼として用いるにはどう考えたらよいかを詳しく説明しています。
「その所に心があとを残さずして」とか「こぎゆく舟のあとのしら (白) 波と云ふごとく」「あとは消えてさきに転じ」「そっともとまらぬところ (処)」とか。言葉は違えど柳生心眼流も全く同じです。詳しく説明すると口伝に触れてしまうのでしませんが、私たちの流れでもいろいろな言葉で説明しています。流祖がどういう方であったかを思い出せば分かる方にはわかると思います。さすが師匠と弟子だよなあと思います。歴史的には流祖は兵法家伝書が書かれるもっと前に宗矩についたと考えられるので、この伝法偈で流祖に説明したかどうかはわかりませんが、新陰流という流儀がそうなのでしょう。そこから教えていただいたことを流祖も実践し弟子に伝えました。
そして「下の二句は略して之を記さず。参学して全篇はしるべし。兵法は上の二句にてすむ事也 (後ろの二句は略してここには書きません。禅の師について学び4句の意味を知るべきです。兵法は前の二句で足ります)」と書いています。下の二句とは「流れに遵いてその性を認得すれば、喜びも無く亦た憂いも無し」です。実際には、下の二句も沢庵和尚から教えを受けていて、これは寛永10年2月に書かれた『新陰流兵書』 (改訂史料 柳生新陰流 上巻 新人物往来社) で確認できます。「私は沢庵和尚に相対して是を作る」とあって、沢庵和尚から直接に法話を聞き、書いたものを面前で点検していただいたことが分かります。
