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64) 柳生心眼流の免許体系56 転じて幽にして跡のなき
ブログの更新の間が開いてしまいましたことを申し上げます。またマヌラ尊者の偈頌について細かいところですが触れておかなければならないことを落としてしまったことに気づきました。
伝書で「心随万境転」 (『兵法花伝書』柳生家本、天理本) と「心随万鏡転」(『新陰流兵書』) の2つ書き方があります。境だと見ている対象、鏡だとそれを写している心の意味ともとれるのですが、新陰流兵書でも宗矩の解説をみると、対象 (境) の意味と宗矩が理解しているので (「何にても我に向来るよろずを万鏡と云也」) 、いずれの場合も対象 (境) と受けとってよいと考えられます。
この「転」は回転するという意味だけと受け取ると武道の意味と合致しないです。転にはものが動いていく、時間や位置が進んでいく意味があります。仏教でもそうですが、新陰流兵書のもう少しさきに「水の流れて先に転ずるごとくに心の先に転じて幽にして跡のなき」というところでその用例があります。
下の句ついては一般には「随流認得性」なのですが、『新陰流兵書』では「遵流認得性」になっています。同じしたがうでも随 (ずい) より遵 (じゅん) の方が少しきついいい方です。遵流を宗矩は「流のごとくに転じて」、性は「心の転じて跡のかすかなる所をしょう (性) と云也」、認得は「とくとあきらめて (しっかりわかって) 」と説明しています。つまり、心はいつも水の流れのように動いていて一瞬も跡をとどめないというあり方を十分わかって「我が一心を用いなすこと簡要なり」「跡に残らぬ所の心を兵法に取用べし」と説明しています。
ごちゃごちゃとわけのわからない話をつづけております。こういうことは分からないでいいです。無理にわかろうとしないで、「そんなこと言ってたなあ」ぐらいに心に届めていただくとありがたいです。あるときふとしたことから、ああ、そんなことかと合点していただければそれで十分です。
さて、宗矩はおそらく面前で沢庵和尚から仏教的な説明を受けて、それをどのように兵法に引き当てて考えたかというと、四句ともに「転じて幽にして跡のなき」を用いよと言っています。そうすると、実は前の二句と同じことになります。ですので前の二句で足りるということになります。兵法で受け用いるのは「転じて幽にして跡のなき」というところ。つまり「転ずる処実に能く幽かなり」だけでいい。「四句ともに兵法の心持には一所に心をとどめず能幽なりと云所を取り用べし。初心より極意まで此の心のくべからず」と言い切っています。原文をぜひ読んでみていただければと思います。(『新陰流兵書』 改訂史料 柳生新陰流 上巻 新人物往来社)
さて、どうして『兵法家伝書』では後の二句は道の師に聞けといったでしょう。これは私なりの考えなのですが、私たち世俗のものが「本心」から言うと使うときには「本音」とか自分が言わないけれど心に思っていることを意味して使います。たとえば昔なら手紙には書けないほど大切なことは使者に口上で伝えさせます。「内証 (今の内緒)」というと、世俗では本音のことですが、仏教では仏様の深い悟りの心そのものを指す言葉です。ここで沢庵和尚のいう禅の「本心」はもっと世俗の概念を生み出すより深い奥底の心 (あるいはより微細な心) なので、誤解してしまう可能性があり、兵法者が説明するよりその道の専門家にきくよう勧めるのが良いと判断したと思います。そのうえで、宗矩自身がわが兵法にあてはめる (つまり世俗の者が借用する) と「四句共に兵法の心持には一所に心をとどめず能幽なりと云所を取り用べし」といい、さらに「よく幽かなる心をとくとあきらめて、転じて後のかすかなるよう」努めるべきだとし、最後には「当流の極意を知らんと欲せば、心の理を知る可し」と結んでいます。言葉は違いますが私たちの流れでも全く同じです。伝書や口伝をいただいている方はどこからそれが伺われるのか、探してみていただければと思います。
