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2026-07-15 00:54:00

66) 柳生心眼流の免許体系57  唯識の八識

この粗い意識自体は寝ているときは消えて起きると立ち上がります。しかしその奥に流れて働いている「本心」には始めもなければ終わりもないといわれています。 前にも書きましたが『兵法家伝書』に「本心と云は本来の面目、父母未生以前よりそなはりて形なければ生ずるということなし。滅するという事なし」とあります。人は子供が生まれると父母と呼ばれます。そのような概念の立つ前のこころ、つまり本心ということになります。本来の真面目 (本来の本当の姿) という言い方にもなります。本心は生まれるよりもずっと前からあって、私たちの心は初めのない昔 (無始以来) 続いてきているというのが禅や仏教の立場です。

十兵衛の『月の抄』「天地之種子之事」で唯識の八識 (眼識、耳識、鼻識、舌識、身識の前五識と意識、第七識、第八識) の説明を沢庵和尚から十兵衛が受けて書いています。

「天地之種子とはなんですか」という十兵衛の質問に宗矩は「是の習六ヶ敷していひ分かたし。和尚に奉尋べき」 (難しくて説明できないから和尚にお聞きしてみろ) とだけ答えています。十兵衛はその後沢庵和尚に質問して教えてもらいました。これは仏教の唯識学の基本的なところをまとめたものです。十兵衛にとっては興味深かったらしく、詳しく教わったことを書き記しています。

宗矩のコメントがないので、本来はここでは取上げなくていいのですが、少し脱線して説明させていただきます。

お釈迦様が亡くなってからしばらくして、教団は上座部と大衆部に分裂し、さらに見解の違いで部派仏教がたくさん出てきます。キリスト教の勃興する紀元12世紀ころにインドとその周辺では般若経、法華経、阿弥陀経、華厳経など大乗経典のもととなるお経が編纂されていきます。そして34世紀ころになると般若経の空の思想を研究する中観派、さらに少し遅れて心のはたらきを詳しく分析する「唯識派」が活躍します。この両者ははじめ対立しますがやがて両者を取り入れて修行に生かそうとする流れができ (瑜伽行派) 、さらに密教がおこってきます。唯識学は「無著 (アサンガ)」と「世親 (または天親、バスパンドゥ)」という兄弟の著書を根本にして学ばれ、孫悟空で有名な「三蔵法師 (玄奘三蔵)」はインドにこの唯識学を勉強にしに行き持ち帰ってきた方です。中国から日本にも伝わって、奈良の興福寺などで研究されました。密教はその後、初期密教 (チベットでは所作タントラ)、中期密教 (行タントラ、瑜伽タントラ)、後期密教 (無情ヨガタントラ) と発展して、その後はチベット仏教に受け継がれていきます。日本の密教は中期密教までの伝を受け継いでいます。

沢庵和尚は「是は八識の理をしるべし」として、「麻、縄、蛇、因、像、果」「円成性、依他起性、偏計性」などと書いて説明していきます。ややこしくなるので今回は各々は説明しません。また前の五識を麁識 (粗い意識)、第七識と第八識を細識 (微細な意識) と区別しています。