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77) 柳生心眼流の免許体系68 まっすぐな心
つらいことがあっても武道は自分の心に立ち返って、自分に足りない点を探し補っていくことが大切です。私たちの流れでいう「まっすぐな心」。
「己が自悟自得せねばならぬ法なるぞ」です。師匠が教えるのでない。自分で磨く。自分で見出さなければなりません。まっすぐな心で、よく学び、よく稽古し、よく考えて、疑問があれば質問し、正しく着実に自分のものにする。生きていくということもその繰り返しになります。自分で考え、よく最善を選びとり、積み重ねていく。
令和8年9月20日の新田柳心館創立九十周年記念式典で、来賓の方が「不屈で誇り高い新田の精神」とおっしゃっていました。まさに納得。星国雄先生もそういう方でした。「負けていてはいけない」「つらいことがあっても心まで腐らせてはいけない」と言われました。新田でも3年続けて米が不作ということがあったそうです。それでも屈することなく生きていく。家族を守り育いていく。本当に大変なことだと思います。先生自身も大坪指方先生から「どこまで続く夏の坂道」と評されたそうです。「春の坂道」ならぬ「夏の坂道」。先生はいろいろなことを背負って坂道を登られました。
「つらいことがあっても心を腐らせてはいけない」これを先生は「柳生心」とおっしゃいました。つまり「まっすぐな心」。世の中が登り坂のときも下り坂の時も背筋(身)はまっすぐ。こころ (心) もまっすぐ。働き (神) まっすぐ。自分がどう動けば周囲に良い結果がもたらされるのか。自分はいつも一人ではない。いろいろな方々に支えられて今がある。この「まっすぐな心」、「正しく生きようとする心」、「義」とも「直心」ともいわれます。そしてこれを「神妙剣」ともいいます。(兵法では身体の神妙剣をよく取り上げますが、心の神妙剣ももちろんあります。心法と刀法は一致するのが柳生の流れです)
私たちの流れではこれはどのような人にもあるといわれています。星国雄先生が亡くなるほんの少し前、先生は私に「おれは人々のなかにある正しく生きようとする心を拝んで生きてきた」とおっしゃいました。先生の兵法家としての一生を先生ご自身が総括した、私たちにとってとても大切な言葉です。先生の葬儀での弔辞にもこの言葉を入れさせていただきました。どんなひとも、うそを言おうが、悪いことをしようが、途中で曲がろうが、傷つこうが、自暴自棄になろうが、こころの奥底で人は正しく生きていきたいと思っている。つまり幸せになりたいと思っている。その心の神妙剣を拝んで生きる、それが私たちの流れの姿でもあります。
柳生新陰流のホームページを拝見したところ、初めのページに柳生厳信先生のお写真とともに「自己の心を正し、絶えず向上させていく」というお言葉がありました。柳生石舟斎の言葉に「昨日の我に今日は勝つべし」というのがあります。まさに武道の中心であり、結論。そしてありがたいことに柳生の流れである私たちにもこの心が伝わっています。まさに戦乱の世を生き抜いた先師様方の心です。
