ブログ
80) 柳生心眼流の免許体系71 いろいろの分別胸に候間
10月25日 (日) は天然理心流心武館の主催する拝島大師奉納演武に参加させていただきました。大塚篤先生はじめ御門下の方々には大変お世話になりました。直会での大塚先生や諸先生方のお話しも大変学ぶべきことが多く、お言葉を胸にまた精進してまいりたいと存じます。門人ともども深く感謝申し上げます。
急流の中に岩が立っていても水はその横をとどまることなく水しぶきをあげて激しく流れていきます。ゆっくりとした川に大きな岩があっても、水はその横をよっくりと通りすぎていきます。いずれも無心。心もこのように流れているといいます。平生であっても危急であっても心の道理は同じ。
沢庵和尚は『不動智神妙録』で「物に心が止まり候へば、いろいろの分別が胸に候間、胸のうちにいろいろに動き候」(なにかあったときにそのことに心がとらわれてしまうと、つぎからつぎにいろいろな考えがおこってきてしまい、思考の動きで胸の内がいっぱいになってしまいます)。不安や恐怖でいっぱいになる。そして体も動かなくなる。良く見せようと思って飾ろうとする。何か思ったような動きになる。これは水が堰にとどまって動かなった姿です。まさに無心の大事が大切。状況を見て怒りや恐怖にさえぎられてしまえば生きるという目的すら忘れてしまいます。あしががたがた震えてきます。これが動転です。居つくことではありません。かわすことが大切です。
ですから私たちの流れでは基本二十一箇条を無心にとるということをとても大切にします。初めはとても無理です。ですが目録甲冑くらいになったらそういうことをこころがけていただければと思います。そして無心に激しく二十一箇条を取っている、生きるために動いている、はたらいている。その本来の姿にいつでも戻っていけるようになればいいのです。
誤解しないでほしいのは、平生においてもたくさん仕事をしたから不動智が開けたということではないです。人間ですから疲れるし、たぶんそんなことを何か月も何年も続けていたら消耗してやがて心の病になるでしょう。無理は禁物。最近はAIさんが手伝ってくれるので一部お願いするといいです。そういうことではないです。スーパーマンになれということではありません。休めるときにはじっくり体を休める。1秒に1000回の測定をしろ、何万通のメールを発信しろというのは高速回転する機械さんたちにお任せすればいいです。
仕事の基本は人に喜びを作り出すこと。人が本当に必要と思うものを作り出すこと。買ってよかった、サービスを受けてよかった、おいしかった。それに対して価値が定まります。そして価値に見合ったお金をいただき生活する。価値に見合った適価を払う。生きがいをもって仕事ができる。そして次世代に向けて人を育て環境を育てていく。すべてはとても無理ですけど。普段から情報を集め考えていくことは大切です。まさに「ちゃくちゃくと」とです。
