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2026-09-23 01:12:00

75) 柳生心眼流の免許体系66  窮め去り、窮め来って、直ちに見るべし

長々とお話して何がいいたいのかというと、沢庵禅師の『太阿記』で人我と真我 (『兵法家伝書』の本心と妄心と同様の設定) を兵法者に示しています。しかしこれは剣とか、勝負とか兵法者に関心のある言葉を用いていながら、実は兵法者に禅の求道修行の目的やアウトライン (基・教といいます)、方法 (道・行といいます) 、その結果 (果・証といいます) どういうものかということを知らせようとしているのです。ここからは武道家であるなしにかかわらず、参禅とはどういうことかを学ぶことができます。たいへん有益です。

そして兵法の学び方、つまりどのように道を求めていけばいいかというともおのずと知られます。

沢庵禅師は「這箇を得んと欲すれば、行住坐臥、語裡黙裡、茶裡飯裡、急に眼を着けて、窮め去り、窮め来って、直ちに見るべし。月積み年久しくして、自然暗裡に燈を得るが如きに相似て、無師の智を得、無作の妙用を発す」(そのことを分かろうとするなら、日常生活でも、話していても黙っていても、茶を飲んでいても飯を食べていても、しっかりと集中して、あたらからもこちらからも研究しつくして、ただまっすぐに見ていくべきです。いく月もいく年もたって、自然に暗闇にろうそくに火をともすように、師匠から教わってわけではない智恵を得て、はからいのないほど自然で素晴らしいはたらきを発するようになります) と言っています。

 沢庵禅師は禅の修行のことを言っているのですが、兵法の修行もその通りです。確かに習ったときの自分の理解もひとつあるわけですが、長年にわたって続けていき、あちらからもこちらからも工夫し研究を続けていくと、あるとき「ああ、そういうことだったか」「なるほど」と気づくものがあります。結果として習った技とは同じ技とは思えないほどに技は変化していきます。私のおそわった四方陰と島津先生の教わった四方陰の形が違っていて、初めは気づきませんでした。島津先生が演武していたときに気づかず、星先生に「あれは何という技ですか」とお聞きしたところ、「お前にも教えただろう」と言われて非常に驚いたことを覚えています。星先生が違えて教えている。しかし根は一緒。

星国雄先生と島津兼治先生の共著『正伝 柳生心眼流兵法術』は、わからない方が見ればたくさんの技に見えるのですが、実は原則をたくさんに展開してみせたものがかなり多いのです。これらは島津先生のために星先生が示してくださったものなので、私たちは別の形で稽古しますが、実は同じものだったりします。ですので島津先生の流れの方はぜひ『正伝 柳生心眼流兵法術』にある形で稽古されるとよいと思います。これは新田の形もそうです。新田柳心館に通われている方は新田柳心館で星徳一宗家が教えるように稽古することが大切です。あちらこちらに見に行くのはいいのですが、あっちからもこっちからもとりいれて中途半端になるくらいなら、一本の筋を通してとことん教わった形を稽古するのがいいです。もちろん、自分勝手な理解ということではなく、十分に先生から指導を受けることが前提です。

分かってる人がみれば、それが同じ「もとの形」からきていることが分かります。同流をしている者なら見てああと納得するものがあります。「そうそう、それそれ」という感じです。これが、他流からもちこまれるとそうはいかないのです。あとから付け加えたんだなと感づいてしまいます。

しかも変化の仕方が半端ないです。星先生はこのことが「うちの特徴だ」とおっしゃっていました。『正伝 柳生心眼流兵法術』はそれを知る上で私たちにとっても大切な参考資料です。ここまで変化するのだという見本を先生が示してくださっているのです。

私自身も、奥に行くと一関総本部に教えた形と柳正館で教えている形は異なっているものがあります。一関総本部でも教えたものは教わった通りに意地でも稽古していただけるといいです。とくに長年している方で意地を見せない方にそれ以上のことを教えることはないです。ベテランさんの「忘れてしまったからまた教えて」は受け入れる必要がないと思っています。その程度にしか思っていないということだからです。

結論として、私たちは教えていただいた形とおりに稽古してその意味が次第に分かってくるし、自分でもたくさんに展開していくことができるようになります。「窮め去り、窮め来って、直ちに見るべし。月積み年久しくして、自然暗裡に燈を得るが如きに相似て、無師の智を得、無作の妙用を発す」です。だからこそ基礎として教えられた技をしっかり稽古し続けることはとても大切なのです。そして何かがわかっても、それにとどまってはなりません。何事もなかったかのごとくに稽古を続けていくのです。人がどうこうということは関係ありません。自分が何をするか。武道とはそういうものです。

 

2026-09-16 22:08:00

74) 柳生心眼流の免許体系65  更に参ぜよ三十年

一関にいるころ、西光寺の佐藤太彦方丈様から「絵に描いたぼたもちの味はわからない」とお示しいただいたことがありました。また「梅干しも食べなければその酸っぱさはわからないが、一度食べるとその酸っぱさが思い出されて、見ただけでつばがでてくる」ともお話しいただきました。体験が大切だということです。

みなそうでしょうが仏教は頭でわかっただけではだめで、実際に修行し体験してはじめてわかることです。そして、それを積み重ねていく。一般社会でも知識がわかったレベルと、それが正しく実践される段階は違います。

食事療法もそうで、管理栄養士の栄養指導を1回受けて「よくわかりましたので次はいいです」とおっしゃる方もいらっしゃいますが、1回きいてわかるわけありません。そんなこと私にもできません。専門家の栄養指導を受ける受けないは別にして、今はいろいろとアプリがあるので、ポイント (自分に合ったエネルギー量を、栄養素のバランスよく摂取する) がわかれば自分なりに勉強と実践を繰り返していくことがお勧めです。

いろいろな栄養素について知って、買う場合、・外食する場合・自分で作る場合で栄養バランスよくとる必要があります。栄養素の基本はタンパク質と炭水化物と油。それに繊維や塩、ビタミンなどの知識もほしい。物価も高くなるし、毎年作柄も変わるし、うちの菜園も今年はトマトがおいしく、ある年はジャガイモが豊作、ある年は玉ねぎが豊作。仕事が忙しいときもあれば、料理に時間をとれるときもあります。材料の知識や購入、調理方法、保存、作り置きなど実際にやろうとすれば結構大変です。学問的に確立していることもありますが、まだ確定していないことも多いです。そうなると自分の価値観や好みも大切にして、望ましいやり方を自分なりに作っていくことになります。こういうことをしっかりと、自分のできる範囲で無理なく、そして楽しんで取り組んでいくことです。回り道しているようでいても持続可能な実践ができるようになります。そのためにはまずやってみて、いろいろ質問して実践して、また質問と繰り返す必要があります。うまくいかない場合はどうしたらうまくいくか考える。ある程度わかれば、あとはうまくいかなかったり、迷ったりしたときだけ栄養指導を受ければいいし、ずっと使える知識です。

こういうことを飛ばして薬を使えば確かに薬のほうが一見有効率も高いですが、食事療法がうまくいっていないで、それを無理やり抑えるような薬の使い方をしていても期待した効果を得られないことが知られています。こういうのを潜在リスクといいます。たとえば塩をたくさん摂っていて血圧を下げる薬を飲んでも、効きが弱くなりますし、見た目は下がっていても実は臓器の血圧は下がっていなくて臓器障害は進んでしまいます。こういう落とし穴はたくさんあります。

武道も教えてもらったとか分かっているということだけでは不十分で、ずっと稽古を続けることでその真味を自分で味わうことになります。稽古によりやがてそれが味わい深い滋味となり、さらには没滋味 (滋味のないように見えて奥深い本当の意味の滋味、無駄のそぎ落とされた肝要) のものとなっていきます。うちの流れでは「また白い玉にもどっていく」と言われています。稽古して武道に関して何かがわかってうれしい楽しいのも大切ですが、さらに続けてしっかりと自分の人生になじませて、武道と意識するでもないところに武道が働いていかければなりません。これは自分で見つけ出していく作業です。

桃生の子弟合祀碑にある「秉心塞淵」(へいしんそくえん) もこの積み重ねを言っています。「あなたにだけ秘伝を教える」と言われて喜んでばかりいるようでは続かない世界です。こういうことばかりを求めていると、だんだんにそれがなければ続かなくなってしまいます。自分で壁を作っていることになります。そんなことばかり知っていても、いざという時にその方が如法に動いていけるかは甚だ疑問です。基礎が出来たらあるところからは自分の中を見つめていく作業になります。先生が何言っても「何言っているんだ」くらいでちょうどいいです。

昔本で読んだことがあるのですが、ある和尚さんが「坐禅して何になるのですか」と指導の先生に聞いたそうです。答えは「更に参ぜよ三十年」でした。答えていただいたので30年続けて、もう一回「三十年座禅しました。坐禅して何になりますか」お聞きしました。答えは「更に参ぜよ三十年」だったそうです。これって、もう聞くほうも答えはわかって質問している感じがします。どこまで行っても「更に参ぜよ三十年」。ずっと。扇であおぎ続ける。

古武道の世界でも何十年も道に精進されている師範の先生方がたくさんいらっしゃいます。そのような先生方からお話を伺うと本当にためになることが多いです。私も自分がどれだけ変化していけるのか勝負です。どこまでいけるかわかりませんがどういう世界なんだろうと思います。

星国雄先生は20代で相伝を許されてから90代で亡くなる1週間前まで道場に立たれました。おそらくあの世に行っても武道を続けていらっしゃるでしょうし、私たちを見守って下さっているでしょう。そして私たちの中には先生が亡くなってなお教えてくださった「法」がいきいきと活動しているのです。そのことが先師様方を通じて過去ずっと続いてきたわけですから、流祖の「法」が今生き生きと私たちに生き続けていることになります。彦十郎先生も「竹永隼人の技と心が今ここに伝わっている」とおっしゃいました。日ごろからしっかり稽古していればこの「法」を通して流祖の心にも参究することができます。そして知らぬうちにみな同じ月をみていることになります。

2026-09-08 23:47:00

73) 柳生心眼流の免許体系64 其の理を窮めつつ、只まっすぐに

令和8年9月5日は星彦十郎先生が昭和11年新田に柳生心眼流兵法柳心館本部を開いてから90周年にあたります。9月20日には新田で記念式典が行われます。

彦十郎先生と門人の方々のご努力により柳生心眼流兵法は広く伝えられました。新田柳心館には星家と地域の方々により活人剣の技と心が今日まで大切に守られてきました。私たちもその流れに属し恩恵をいただくものとしてここに心よりお祝いを申し上げ、新田柳心館宗家星徳一先生とその門人の方々のますますのご健勝とご活躍を祈念申し上げます。

 

前回からの続きです。

そのため沢庵禅師は修行者 (この書では兵法者) はその仏性とか、本心とか言っているものが何であるかを自分の心を通してしっかり見きわめなさいと。まさに禅。「一生参学の大事」「生死の因縁」「仏家一大事の因縁」とかいいます。臨済禅師は仏性を無位の真人とも表現していてそれは「あなたたちの面前で出入りしているからよく見なさい」とおっしゃいました。

沢庵禅師は「唯悟り得たる人のみ能く之を見るなり。其の見たる人を見性成仏の人と云ふ」(この本心が何者かを悟った人のみが見性成仏した人というのです。) と示しています。つまり自分にほんらいから備わる仏性・真我がどういうことなのかわかるということは、悟りそのものなので頑張れというわけです。ただし、かなり難しいと書いてあります。「此の拈華微笑の旨を得たる者は十万人中に一人も無きことなれども」です。しかし「若し最大乗の人ありて知らむと要せば、さらに参ぜよ三十年」と長い間修行していくことが大切だと言っています。

そして、ここが武道を稽古する者にとってもとても大切です。それのことが本当の意味でわかるためには「物語のうちにも、無言のうちにも」「茶を飲むうちにも飯を食ふうちも」「恒に自己に立ち返り、急に眼を着けて其の理を窮めつつ、只まっすぐに、是は是、非は非にして、それぞれの上に此の理を看よ」と。巻の最後には「此の剣の妙理を学する者はたやすく麤相なる観念をすることなく、高く精彩を励まし切に工夫を着けて片時も怠ること勿れ」といっています。これらは言葉通りに味わっていただくといいです。余計かもしれないですが分かりやすい言葉で言うと、「いつも自身の心を観察して、しっかりと集中してあっちからもこっちからも検討して、誠実に正面から向き合って、よいことはよい、悪いことは悪いと決断し、そのうえでその上に立ってこの「理」、つまりどういうことなのかを見つめなさい。」「この仏性のすばらしい仕組みを学ぼうとする人は、安易な結論に陥らないで、高みを目指していつも工夫して片時もおこたらないでください」と。ただ、私たちの流れは仕事と武道の二足のわらじですのでそれだけに熱中してしまうのはまずいです。ぜひお学業やお仕事を優先に。

そして、「教外別伝とは師の教への外に別に己が自悟自得せねばならぬ法なるぞ」とも示していて、その少し前には「此の真実の兵法は言辞にて語り伝ふべき様もなく、又法様とて個様に構えて何処を打てよなどと教へ習す様もなし」(この本当の兵法というのは言葉で伝えたり、形としてどのよう構えてここを打てなどと教えることはできない) と書いてあります。つまり、道場で稽古する技が剣術だったり棒術だったりしたからといって、いざ困難なことに遭ったときにどう動いていくのかということができなければ自分を救う真の兵法にはなりません。そういったときに自分を守ることが本当の兵法だからです。だから、本当の兵法は困難を乗り越えて「生きていく」ことです。これは自分の中に自分の努力で養うしかない力です.人の教え方が悪いではありません。

同じようなことを道元禅師もおっしゃっていて、『弁道話』で「この法は人々の分上にゆたかに豊かにそなはれりといへども、いまだ修せざるにあらはれず、証せざるにはうることなし」(この法、つまり仏性は人それぞれの中に豊かに備わっているけれども、その人が修行しなければそれが現れてくることはないし、それが何であるかがわからなかったら自分のものになったということにはならない) と示されています.つまり自分で参究しなかったらわかりません。

道元禅師の書かれた『現成公案』では風 (心・仏性のたとえです) はどこでもめぐっていく性質を持っているけれども、扇であおがなければ風として現れないという麻浴禅師の公案を通してそのことを説明しています。その問答の最後に修行僧が「風の性質がすべての世界にいきわたっていて、いきわたっていないところがない (無処不周) とはどういうことですか」とお聞きしたところ、麻浴禅師はただ扇であおぐばかりだったそうです。ただあおぐ。それだけ。あおぎ続ける。ずっと。この故事を示してから道元禅師は「仏法の証験、正伝の活路、それかくのごとし。」として、これこそが大切なのだと。あおぎ続けることで「仏家の風は大地の黄金なるを現成せしめ」(仏道を歩むひとりひとりの、今ここで仏性に支えられて起こしていく風が、つまり行いが、大地から黄金をとりだしてみせるように、この世の中に限りない尊い価値を生み出していく)とおっしゃっています。沢庵禅師の「妙用の力」「太阿の剣」です。

2026-09-01 23:29:00

72) 柳生心眼流の免許体系63  此の太阿の利剣、人々具足し箇々円成す

『太阿記』の中で『不動智神妙録』の本心と妄心のように「真我」と「人我」を持ちだして真我が大切なことを説明しようとします。ここでは『不動智神妙録』で「心」と提示していたものが、さらに具体的な形で「我」(「が」と読みます) と示されます。仏教的・哲学的なところもあり、初めの段階では「心」として説明したのでしょう。自分の「心」とは何かをある程度坐禅とかしてわかっていないと、何か別の何かと勘違いしてしまう可能性もあり、初めは「心」と説明していたのではないかと思います。

仏教の話になってしまいますが、すべての煩悩の根本は 「無明」(むみょう)といい、自己執着 (我執) のことです。つまり、自分を実体化し (我)、自分のもの (我所) とそうでないものに区別し執着する働きからすべての煩悩が発しています。この「我」や我によって作られた自分の世界 (家、自分が作り上げた概念の世界) がなんたるかが本当にわかったときに、お釈迦様は「家を作る者よ、汝の正体は見破られた」(法句経) とおっしゃいました。

「我」とはサンスクリット語のアートマンを訳した言葉ですが、ここでは普段私たちが「私」や「人」と思っているもの、あるいは思い込んでいるものと考えると分かりやすいと思います。沢庵禅師は『太阿記』で私、つまり我 (が)、それには普段自分の思っている「私」(人我) とその奥底にある「私」(真我) の2つあるのだと言っています。つまりふたつの私。このうちの真我は仏性であると禅師は述べています。

「真我の我とは天地未分已前、父母未生已前の我なり。此の我は、我にも鳥獣畜類草木一切の物にある我なり。即ち仏性と云ふもの是なり」(真の我というときの我は、天地とか父母とか概念で考えている世界の奥底にある我であって、この我は私だけでなく鳥にも獣にも、家畜にも、草木にも一切の「物」にある我です。つまりは仏性といわれているものがこれです) とか、「此の我は影もなく、形もなく、生もなく死もなき我なり」(この真我の私とは姿もなく、形もなく、生まれるということもなく、死ぬということもない私です)とか。つまり、『不動智神妙録』の本心に相当すると考えたらいいと思います。あまり言葉にとらわれないでください。

この本心、仏性を天下に比類ない名剣にたとえて太阿の利剣と示して、「此の太阿の利剣、人々具足し箇々円成す」(この仏性というのは、ひとりとひとりが初めからもっているもので、また一つ一つがすべて完成している)とか、「是の心は生の時に生ずるに非ず。死の時に死する非ざるが故に本来の面目と云う」(この心 (本心、仏性) は人が生まれるときにできるものではない。人が死ぬとき一緒になくなるものでもないから、ずっと昔からある本当の顔ともいう) とか説明しています。

ここらへんは仏教そのものでとても難しいと思いますが、本心・真我・仏性は私たちが生まれる以前から死んだあとも、ずっと始めなく終わりなく続いているもので、仏性とも本来の面目ともいって、(私たちの流れの心・無心もこの意味を含みます) 私たちひとりひとりにはみな完全なものが備わっていると言っています。

この仏性は本当は誰かがどうにかしようとしても、どうにかなるものではない。「天も之を覆すこと能わず、地も之を載すること能わず、火も之を焼くこと能わず、水も之を湿すこと能わず、風も之を透すこと能はざるが故に」。つまりどうしようもない。龍樹は空であることの理解によってものを語る人に概念で論難してもどうすることもできないと言っていますし、臨済禅師は虚空にくぎは打てないといい、お寺には空の象徴として仏様を安置しているのだと瑩山禅師はおっしゃっています。

そして沢庵禅師によると、その仏性のはたらきは「彼の名剣の刃に障るものなきと一般なるが故にこの妙用の力を太阿の剣とは名づくるなり」(あの名剣の刃にかかっては何でも切れてしまう (つまりとても固いものでも妨げられない、何によっても妨げられない、無制限) のと同じであるがために、この素晴らしい仏性の働きの力を太阿の剣と名付けるのだ)とのことです。

2026-08-25 23:06:00

71) 柳生心眼流の免許体系62  『太阿記』

本心と妄心の話を続けていきます。こういうことって、角度を変えて何回もきいているうちに、ああ、そうかとわかってきたりします。あまり一生懸命聞きすぎない方がいいかも。あまり難しいと思ったら、読み飛ばしていただいていいと思います。あるときふっとわかったりします。

『兵法家伝書』で、宗矩は「心に本心妄心とて二つあり。本心を得て本心の様になせば、一切の事すぐ也。本心、妄心におほわれて (覆われて) まがり (曲がり) けがれ (穢れ) ぬれば、一切のしわざ (仕業) まがりけがれぬる也。本心妄心とて、黒白なる物にならひて各々あるべきにあらず。本心と云は本来の面目、父母未生以前よりそなはりて (備わりて) かたち (形な) ければ生ずると云事なし。滅する事なし。」と説明しています。

現代語にわかりやすく変換すると、「心には本心と妄心との2つの心があります。本心というものが分かって本心にしたがって生きるようになれば、すべてのことがまっすぐです。本心が妄心におおわれてしまって、曲がったりよごれてしまえば、することはみなよごれてしまいます。本心とか妄心とかいつても、白い色した心と黒い色した心が物のように存在しているわけではありません。本心というのは本来の面目といわれたりする心で、両親が私が生まれたことにより父母となる前から (つまりこの世に私が生まれる前から) 私に備わっている心で、形もなければあるところで生じたということもありません。そうですから、あるところから滅するということもありません」

自分だけで生きるためなら周囲はどうなってもいいというのは「我」の極端な形で、そこまでいかなくとも人は自分にとって損か得かということをある程度量って生きているのが世俗です。もちろん私もそうです。我は捨てられないし、生きる以上捨ててはいけないです。そういったところで働いている心は「妄心」 (自己を中心とした概念・区別の世界) と呼ばれます。ある意味で私たちは妄心のかたまり。

真面目に生きているのに妄心とはなんだと怒らないでください。仏教はよく2つに分けます。今は2つに分類して考えているということなんです。色 (「しき」と読みます。物質的なもの)と心、世俗諦と勝義諦、色身と法身、慈悲と智慧、衆生と仏とか。そして基本的にその2つは左手と右手を合わせたときのように不即不離の関係 (不二) にあることが多いです。

別の話かもしれませんが私たちの流れでも表と裏は不即不離です。伝書で文字がかいてある表と真っ白な裏がありますが、まさに紙の表と裏の構造になっています。表の技と裏の技は両者が密接に結びつかないといけません。独立に両者があるわけではありません。どう結び付けていくか、こういうところをしっかりとわかっていくことが稽古です。

さて、沢庵禅師は『不動智神妙録』より後、晩年近くになって『太阿記』というのを書いていています。学問的に確定しているのかわからないのですが最近ではこれも宗矩や家光のために書いたという理解になっているようです。

『太阿記』は武道というよりは禅的な仕様になっています。ある程度武道や仏教の基礎が分かった方向け。少し難解な書になっていて漢文だけでは難しいと思ったのか、自注 (自分で書いた論書に、自分で注釈をつける) として解説を付けています。武道の解説というよりは武や剣、勝負という、当時の武士が関心を持ちそうな話題や言葉から入って、禅の奥深いところに導こうとする意図がうかがわれます。ですので武道に入ったばかりの方が初めて手に取るにはかなり難易度高いです。ただ宗矩に示されたということであれば、ある程度武道が分かった来た方向けに少し触れておいた方がよいと思われます。

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