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43) 柳生心眼流の免許体系35 聞くことから始まる
先週は稽古始めでした。道場に見学の方がいらしていろいろとお話をさせていただきました。ありがとうございましす。私たちの武道の動きや考え方を知っていただき、流儀についての正確な情報を発信することは武道をしているものとしての社会貢献のひとつと思っております。「こういう武道があるんだ」ということを知っていただき、なにか一つでも有益なことを持ち帰っていただければと思っております。文字やネットの情報はまだまだ限られています。古武道の世界はネットに上がっていない情報の方が多い世界です。百聞は一見に如かずというところがあります。入門するしないとは別に、ちょっと見てみたい、また武道をしているしていないにも関わらず文化として興味があるかたでも、興味がある方はどんどんいらしていただければと思います。
さて、免許体系といいながらいろいろとわけのわからない話が続いています。武道を始めたばかりの方には言っていることの意味もわからないかもしれないです。
今話していることはある程度武道を経験した方、うちの流派でいえば甲冑以上くらいの方向けです。武道というのは初めはやはり実際に来て見て体を動かした方がわかります。
ある程度その動きが分かってくると、アドバイスしただけでも動けるようになってきます。これが口伝として伝わっています。併せてその動きを統括する心や考え方も言葉で伝えます。
実はこういう話をたくさん先生から伝えていだくのです。うちはこういう伝え方をします。「小具足皆伝は口伝が多い」といいます。
もしおつきあいいただけるのであれば初心の方でいまはわからなくても、聞いているうちにだんだんわかってきますので、読み進めていただければと思います。
私が入門したのは星国雄宗家の74歳のときでした。先生も急がれたのでしょう。覚えの悪い、覚えてもすぐ忘れてしまう出来の悪い弟子に、教えたいと思うことを力の限り教えてくださった感があります。それでも先生のご存命のときには先生の真意が理解できなかったことがたくさんありました。何回も教えていただいていたのに失念していたり、自分が別の技と思い違いをして記録をしていることにずいぶんたってから気づいたこともあります。私のノートには「何のこっちゃ」と記しているところもあります。
こういうのは禅の世界に似て居ます。中学校から茶道をしていたので禅語はたくさん知っていました。しかしなんせ受験勉強の延長で理解しただけなので、それは知識上での理解であって、自分の腑に落ちたものではありませんでした。柳生心眼流を稽古するようになって星国雄先生がゆっくり心の育ち具合をみながら伝えていく方法 (禅では『啐啄同時 (そったくどうじ)』といいます。その都度その弟子が必要としているものを教えていくことです) をとってくださいました。それによって禅語も時間をかけて理解していくのだということがわかりました。同じ言葉も経験を積むことでだんだんに深く意味を味わうことができます。
初めの参禅の師で一関にある西光寺の佐藤太彦老師は「絵に書いたぼた餅の味はわからない」とおっしゃいました。禅は坐禅して実際に体験しないとわからない世界です。だからまず指導を受けてすぐ坐禅から始まります。それと同時に、坐禅の後にお茶を飲みながらいろいろなことを方丈様にお話ししていただきました。先輩からは「一寸坐ると一寸の仏」と言われました。ちょっとお釈迦様のまね。そこからスタート。あとはいろいろな書籍や禅師様方の語録などを参照したり、講義 (提唱) に参加したりします。だんだんにわかっていきます。
お経や仏教の本は膨大で仏様のお悟りなど私にはとても分からないです、しかし私なりに仏教を学ぶということ言い表すと「お釈迦様のおっかけをすること」と思っています。お釈迦様は縁起を理法 (空とか無我ともいいます) をさとり、その智慧によって生きとし生けるものを苦しみから救うことに一生をささげました。それの事績を学びながら同じ方向を向いてお釈迦様の背中を追っていく。そんなふうに思っています。不束者の私なのですが及ばずながら諸先輩方の後を追ってと思っています。
さて、仏教では「聞・思・修」ということを言います。まず教えを聞き、考え、実践するという流れです。聞いただけではどんなこともそんなに簡単にできることではないし、日々修練を積み重ねを続けていきくことが大切と言われています。これは武道でも同じだと思います。まず先生や先輩から技を教わって (聞)、そして自分なりによく考え (思)、繰り返し稽古してできるようにする (修)。初めは聞く。「聞く」ということが大切です。
42) 柳生心眼流の免許体系34 無事
今週は稽古始めがあります。私たちの流れでは稽古始めに摩利支天様をお祭りして、三つ餅や三合肴をお供えして1年間の無事を祈願します。自分の家に道場がある場合は稽古納めのときに道場を掃除したあとに摩利支天様と祭壇を作り道場を閉めることになっていますが、現在のところ私たちも公民館を借りて稽古しておりますので稽古始めの時に祭壇を作ります。
稽古が無事でありますように、生活が無事でありますように、それぞれの仕事が無事うまくいきのすように、世の中が無事でありますように・・・「無事」ほど大切なものはありません。家族とともに生活ができ、仕事ができるこれほど尊いものはありません。柳生石舟斎・柳生宗矩が領地を守り願ったものもこのことのためにほかなりません。そのためにせいいっぱいできることをしてこの世を去っていったのでしょう。
江戸時代後期、博多に仙厓さんという有名な臨済宗の和尚さんがいました。仙厓さんはいろいろと洒脱な絵や書き物をたくさん残していて、お殿様からも民衆からも愛された方ですが、武道に関連する逸話もありいつか紹介できればとも思っています。その仙厓さんが「副行は人何とてもおのが身は槌手・袋と米たたきかな」という歌を残しています。「人の幸せはどういうことかといえば、何といっても自分自身で道具や材料 (槌と袋と米) をもって仕事 (米たたき、脱穀) ができることだ。家族のため自ら汗をかいて働く。まさにそういう人こそ福の神だ」ということを言いたいのだろうと思います。
星国雄先生が最晩年に「この人生で何が楽しかったかと言えば、家から弁当をもって職場に通ったことだ」とおっしゃっていました。戦争、水害、労災、そのほかにもいろいろな苦労がおありでしたが奥様や幼い子供たちと一緒に暮らした日々を思い出していたのでしょう。いつも陰から支えて苦楽をともにされた奥様への感謝であれば、私に言わないで奥様に言ってほしかったですが・・・そこは大正男。恥ずかしくて言えなかったのかもしれないです。
ひとそれぞれの生き方があり何のために働くかも人それぞれですが、まず1年の無事を祈り、気を引き締めて稽古始めです。
41) 柳生心眼流の免許体系33 知恵とやさしさをめぐらす
令和8年になりました。「日々新た、日々に新た」という言葉のとおり、一年中いつでも日々新たな出会いであるわけですが、新年というのはことに清々しくよろこばしさを感じます。一方で物価高や気候変動、争いごとなどめまぐるしく変化していく世の中で私たちは自分の思いとは別に厳しい現実に出会い、ときに不安を覚え、ときに葛藤し、そして苦悩します。きっと江戸時代も明治以降も、世の中はそういうものなのでしょう。そのときにどう生きるかによって自分にしか歩めない大切な自分の道が生まれてくるのだと思います。どんなときも本当に自分がしたいもの、求めているものは何なのかの答えを全身全霊で考え自分で答えを出していきます。これが兵法の道。
宗矩の『新陰流兵法書』(『改定史料 柳生新陰流 上巻』 今村嘉雄 1995年 339頁) に無刀とは「了簡つきたる時、一命をのべんための用也」とあります。了簡つきたと思ってもさらに進めというのです。私たちの流儀での大きな意味での無刀はここでいう無刀の延長線上にあります。つまり生きること。星国雄先生も命にかかわるような大変なことに何度も遭遇してきましたが、そのたび一瞬の機転により命を救われてきました。「思わずして生きる方向に動く」というものです。
外が暗いほど部屋のライトは明るく、寒さが厳しければいよいよ室内のあたたかさが身にしみるように、そういうときにこそ知恵とやさしさの重要性が増すと予想しています。何事にも解決策を見出す知恵をみがき、やさしさを持って、いつも「常の心」で慎重に歩んでいければと思っております。上記の『新陰流兵法書』には「一心ただしき人にならずば兵法に成る間敷き所作なり」とあります。当流では「人の無刀取」。流祖がいかに宗矩の教えを忠実に守って伝えたかがわかります。
同書で宗矩は「至りては此の一心をおつぱなして自由自在を働くなり。一心をあきらめずば成り難き道なり」とも言っています。覚悟ができた上は「心をおっぱなして」(迷わず) 働く。これが不動心。ゆるむな。そこまではとてもできないですが、少しでも近づけるよう今年も精進してまいりたいと思います。
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
40) 柳生心眼流の免許体系32 無心
兵法家伝書では言葉を尽くして説明しようとする宗矩の心が本当によく現れていて、こういう書物が残っていて、私たちが参照 (伝統的な言葉としては拝読) できるのはありがたいことだなと思います。結論としては「常の心を無心とは云なり」なのですが、兵法家伝書のかなりの紙数をあててそれがどういうことであるのかを、いろいろな場面、方面から言葉を尽くして説明しようとします。
「いつとなく功つもり稽古かさなれば (いつということはできないが稽古を積み重ねていくと)、はやよくせんとおもふ事 (もはやこうすればうまくできるという計らいのこころも)、そそとのきて (さっとどこかに行ってしまい) 、何事をなすとも、おもわずして無心無念に成りて、木で作りたる道幸の坊が曲するごとく (操り人形が自然に動いて素晴らしい劇を演じるように) に成たる位也」「この平常心をもって一切のことをなす人、是を名人と云うなり」とあります。
本当にこうなれればいいのですが、私にはまだ先のようです。ただ目的地は定めて起きないと別のところに行ってしまいますので、目的地を説示されることはとても大切です。宗矩も「すくなる心をば本心と申也。又は道心とも云也」「わが本心をさとり得て其本心にわがなすわざの、かのう人は床しき也。」といいつつ、すぐに「此のこと葉、われよく心を得て、如此いふにあらず。如此いふといへどもわれも心のすぐにしてすぐなる心にかなふごとくに進退動静する事は、難成事なれども、道なればしるす者也。」と書いています。有難いなあと思います。道であるからここに記す。宗矩も流祖も道なればこそ目指して進みました。先師様たちも。そして及ばずながらではありますが自分たちもです。
「位」とは状態のことです。「木で作りたる道幸の坊が曲するごとく」とは難しいたとえですが、操り人形にもいろいろと雑念があったり、糸のつなぎ方や内部の構造が問題あれば、操者の言うことをきかず変な動きになってしまいますし、演劇も成り立たないです。基本二十一箇条も何か余計なことを考えて取っているとそのような動きになってしまいます。ぎこちなかったり、気合が途切れたたり、わざとらしかったりして、理にかなった自然な動きになっていません。
まず操者である自分の「心」から自然に「機 (はたらき)」 が現れて「用 (効用・効果)」 につながっていく状態がよいのです。この場合も常の心は大切です。宗矩は「常の心をかえて新たに生ずれば形もあらたまる程に、内外ともに動く也」「動転する心にてよろずをなさば、何事もしかるべからず」といっています。
このほかにも宗矩は「胸に何事もなき人が道者なり」「無心とて一切心なきにあらず、ただ平常心」などと「無心」をなんとか伝えようとしています。この「無心」こそは私たちの流祖も繰り返しおっしゃっていたことと推察されます。なぜかというと、どの伝書にも出てくるほど大切な教えだからです。流祖が宗矩からいただいた武道における「安心」こそ、どのような大変な状況にあっても「なすべきことをなす」こと、つまり「無心の大事」であったと私は考えています。
「無心」といえば一言ですが、内容はたくさんの言葉を用いても説明しきれない心です。でも説明しないと伝わらないので、みな言葉を尽くして伝えようとします。伝書では「実 (まこと)」「道」「兵法の道」、「大兵とて恐るべからず」、師弟合祀碑では武道を稽古する効用は「知命 (自らのすべきことがわかる)」であると流祖が述べたことが書かれています。南部藩に伝わった流れでは「せく心は月を詠むるがごとし」と書かれていて、目的に前のめりになった状態のことではいけないと諭しています。
何のために無心の心になるのかと言うと、私たちのながれでは「危急においては生きるこころ、平生においては活かすこころ」と2つのこころに集約されています。自ら生き、人々を助けていくことが無心のはたらきであって、兵法であるということです。つまり活人剣です。
ブログの更新は今年はこれで最後になります。辛口なことも書きますが、一方で楽しんでいただければという思いもあり努めております。これからも年々いろいろなことが起こってくるとは思いますが、まずは年を越せることを感謝したいと思います。皆様もどうぞよい年をお迎えください。
39) 柳生心眼流の免許体系31 常の心
習った技は一生かけて稽古してみがき、深めていく必要があります。こういうことができている方はお姿を見、話しているだけで分かるものです。みなそういう緊張感の中で暮らしていらっしゃいます。これは過度に張り詰めた緊張感でもなければ、リラックスして弛緩した心の状態でもありません。良い状態を維持して積み重ねていくのです。私も来年還暦ですが、武道界にはここからもさらに10年20年30年と積み重ねて道を歩いている先生方がいたくさんいらっしゃいます。禅では「さらに参ぜよ三十年」という言葉があるそうです。話をお聞きしていて私も嘆息することがあります。こういう先生方と話して初めて皆伝者同士、武道家同士の話になります。ここはもう言葉は違えど武道として共通なものを持っています。「分けのぼるふもとの道はおほけれど同じ雲井の月を見るかな」です。
ではどうしたらいいでしょうか。宗矩は兵法家伝書で「みがかざるあらたまは塵ほこりがつく也。磨きぬきたる玉は泥中に入てもけがれぬ也。修行をもって心の玉をみがきて、けがれにそまぬようにして」と述べています。私たちの流れでは「人は最初に白い玉として生まれ、いろいろと色がつくが、また白い玉に戻っていく」と言われていて、この白い玉というのは戻っていくべきところのことです。人には生まれたらかならず戻っていくところがあります。ですが初めのあらたまと、後のみがきぬきたる玉とはもともとの材質が同じであっても異なるものです。ですので戻っていく前にやることはたくさんあります。外界からの情報によっていろいろな色が付き、自分でも色を付けていきますが、これを「心の病皆さって、常の心に成て、病と交わりて病なき位 (自分の限界や世の状況を知りつつ、それはそれとしてまた常の心にもどり、自分のできることを積み重ねて完成させていく) までさらに磨いていくのは自らの努力にほかなりません。自分の限界、世の中の変化に遭ってもそれにくらませられることなく、常の心に戻り、自分の限界から逃げずに向き合って解決策を見出していく。この常の心に戻るのは、私たちの流れにとっては基本二十一箇条をとるのが最良だと思っています。流祖の活人剣の心と身のかわしそのものだからです。だから尊いのです。変えてはいけないのです。
稽古というのは決して無理することではありません。星先生も「無理はするな」と常々おっしゃっていました。しかし自分のできる範囲で続けてくといろいろなことがらについて、「ああ、そうだったか」とわかる時がきます。何十年先のときもあれば、数年先のこともあります。流祖や先師様方を信じてただ積み重ねていきます。兵法家伝書では「(水鳥) が水かきをつかふごとくに (外には稽古している、努力しているというそぶりもみせず) 内心に油断なくして (稽古を続け) 、此のけいこつもりぬれば、内心外ともにうちとけて、内外一つに成て少しもさはりなし。この位に至る」と書いてあります。その位にとどまってもいけません。通り過ぎて跡形なしです。こういうことは1回だけということではなく一生に何回も起きてきます。私たちの流れでは「はっと気づく」と言われています。「ああ、そうなんだ」「ああ、そうだったか」とわかる、腹おちする、納得する、了解 (りょうげ、りょうかい)する、理解する、体解 (たいげ)する、本当にわかるといってもいいでしょう。外からの言葉や概念上で「知っている」が本当に自分のものになっていく瞬間です。何度も何度も気づきながら歩いていきます。その前提として常の心を保つことはとても大切なのです。どのように速く力強く動いても、心を保って自分と相手の心と体の状態と関係性を観察し続けることをやめてはなりません。いざというときはそういう心の状態をつくるのではなく、二十一箇条を取っているときのいつもの心に戻っていくのです。
